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2011年6月

2011年6月29日 (水)

名古屋国税局管内18税務署が外国人の個人情報収集した件(社会の匿名性について)

 毎日新聞の取材によると、「名古屋国税局管内の18税務署が、国籍や外国人登録番号を含む外国人納税者の個人情報ファイルを作成していたことが24日、毎日新聞の取材で分かった。同国税局は「確定申告の重複申請を防ぐ目的で、本人特定のために作った」と説明しているが・・・」

http://mainichi.jp/select/wadai/news/20110625k0000m040155000c.html

 この記事の最後に私のコメントが掲載されている。それを二つの面から補足しておきたい。第一はバランス面である。新聞紙面の都合(紙面を多く割けない)により、批判面だけが掲載された。やむを得ぬ部分もあるが、もうひとりのコメンテーターも批判に徹してしまっている。反対意見を同時に掲載する習慣をつけて欲しいものである。もっとも、このケースは肯定意見というより言い訳があるというレベルにとどまる。

私のコメントの批判部分は、外国人登録番号を個人特定のために利用したことは、国民総背番号制が採用されていない日本において、外国人だけ特別扱いしているだけでなく、個人情報の目的外の使用に当たるというものである。さらに、ここで収集された情報が、他の目的で使われないように管理されているか不明で懸念されると指摘した。たとえば、ある地区において、ある国籍の外国人が、何人居住しているか一目瞭然となるなど、副産物的情報を生み出してしまっている。したがって問題と言わざるを得ないということである。

これに対し、言い訳は、沢山できる。特に外国人用のリストを作ったのには、ミドルネームを記入する欄が必要など、打ち込みソフトからして、日本人と別にしたほうが効率的である。また、外国籍の住民には、日本人に比較して同姓同名が多い。中国籍の王さんとかイスラム圏の人のムハマドなどを想起すれば、その程度の違いは理解できる。そのため、個人特定のためにより確かなものとして、外国人登録番号に頼ったことは、動機としては理解できる。最後に、管内の全ての税務署が同じことをしていたわけではなく、現場の工夫の域である。

以上が制度に即した議論である。言い尽くされていると見るむきもあるであろうが、本質が抜け落ちている。そもそも日本の伝統社会には、プライバシーなどなかった。税務署は、「最近、分不相応に羽振りがいいヤツ」を見つけて取り締まってきた。プライバシーがない日本人の状況に外国人も無理やり合わせられないかというのが根本発想ではなかったろうか。だから「罪」の意識なく現場は動いてきたのではないかと推察する。外国人問題よりも、日本人の生活実態がもはや近所の人には察知できなくなりつつあることを、最大の課題として社会内の付き合いのあり方を再検討すべきであると考える。

大きな視点で分析したが、最後に、補足の補足として、大切なのはミクロな社会関係であることを再確認したい。外国人登録番号を尋ねるとしても、そのときの話しかけ方に差別意識が出るか出ないかは、重要である。データ管理と、これができることと、国民総背番号制の導入が、外国人登録番号の活用の条件と考える。

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